作家ものは合わせやすい

盆栽鉢には、作家ものとされる鉢が数多く存在しますが、一概にどの作家が良いとは言い切れない面があります。いくら有名な作家の鉢だとしても、自分が手掛けている盆栽の樹木や景色にマッチしていなければ、活かされないからです。木と鉢のバランスは盆栽の良し悪しを決める重要な要素となります。形、大きさ、色彩などを選ぶ、鉢合わせは、盆栽を楽しむ魅力の一つです。絶対的な決まりはないのですが、長年の経験と試行錯誤から様々な鉢合わせの原則が編み出されています。作家ものの盆栽鉢は、それらに則っていることが多いので、合わせやすいと言えます。高名な作家の高価なものから新進気鋭の作家のものまで数々ありますが、自分がしっくりと行くものを選びたいものです。代表的な作家には、次のようなものがあります。

五代三浦竹泉(みうらちくせん)

本名は三浦徹、昭和9年生れ。師は四代竹泉で、昭和47年に五代竹泉を襲名しています。先祖継承の竹泉様式を研究し、祥瑞・染付・赤絵・色絵・金襴手・交趾・三島などを会得しています。伝統技術の保存伝承をするかたわら、常に新しい感覚を取り入れた創作に専念し、斬新にして目に楽しく「用の美」を備えた作品を生み出しています。京焼の歴史研究でも第一人者に数えられ、京焼の伝統にモダンな雰囲気を融合させた作品が評価されています。

秀峰(しゅうほう)

本名は片岡晋、大正12年創業の常滑の老舗の4代目にあたります。釉色物専門で小鉢から30号(約90cm)を越えるような超大型鉢までをもこなします。陶法は手びねり、紐づくり、型押と多彩で、スッキリとした器型の中に味わいがある型が特徴とされます。こなれた釉の使い方には独自の工夫が垣間見え、近年では緑釉(織部釉)の発色に冴えを見せ、広東緑釉に近い窯変には秀作が多いとされます。

昭阿弥(しょうあみ)

初代の本名は高野網一、明治38年~平成5年。柴田如阿弥に師事し、昭和5年頃に京都の蛇ヶ谷で独立開窯しています。登り窯で茶道具を手掛けたり、数寄者からの注文に応じた盆器を作りましが、その数は少ないとされます。二代の本名は高野進二郎で、初代を師とし平成5年に襲名しています。京焼の名家としてガス窯で茶道具、香道具を手掛け、盆器は注文制作のみで、その数は少ないとされます。染付・色絵・交趾があり、絵は山水・唐児など多彩で丸物が多かったのですが、平成18年頃から角物も手掛けています。

浅蔵五十吉(あさくらいそきち)

本名は浅蔵五十吉、大正2年~平成10年。文化勲章受章作家で、九谷焼初の芸術院会員や日展顧問などを歴任し、師は初代徳田八十吉です。胎土づくりの窯元職人として生涯を過ごした父・礒吉により修行に出された五十吉は、その期待に応え、33才で日展に初入選しています。以降、日展北斗賞、日展特賞、北国文化賞、小松市文化賞、日展内閣総理大臣賞(第9回)などを受賞しています。作風は九谷の伝統を踏まえつつも、独特の渋く深い釉薬で大胆な構図を描き、豪放かつ幻想的なイメージがあります。

尾張裕峯(おわりゆうほう)

本名は渡辺勇二。元々盆栽を趣味とし、鉢にも興味が広がった作家です。香山、東福寺や支那鉢が備えた「用の美」に強く魅せられて鉢を収集するようになり、いつしか作陶への意欲につながります。30代半ばに緑寿庵陶翠に弟子入りし、本格的に鉢づくりを始めています。中国の「祥瑞(しょんずい)」と風景画を好み、絵付鉢を作り、その「味で魅せる」作風は、繊細さや緻密さを争う他の絵付鉢とは一線を画しています。作陶20年を記念して「渡辺裕峯」から「尾張裕峯」に号を変えています。

お気に入り作家の鉢を持つ

伝統を継承する技法を全面に押し出してくる作家の鉢には、長年培われてきた重みのような味わいがありますが、一方で、伝統を打ち破るような、革新的な作家がいて、新しい風を吹き込んでいるのが作家もの盆栽鉢と言えます。釉薬の扱い一つとっても、様々な手法があり、それぞれ作家独自の作風に反映されます。また絵付けものでは、絵に関する造詣の深さが感じられます。さらに2000年代に入ると、盆栽鉢にも日本とヨーロッパの作風を融合させた作品造りを目指す流れも出てきました。自分の世界観やセンスと合致するお気に入りの盆栽鉢作家を見つけておきたいものです。